低周波音問題対応の手引き(05年6月環境省公表)

 

 平成16年6月に環境省によって「低周波音問題対応の手引書」が取りまとめられ,公表さ れました.手引書は,地方公共団体の低周波音担当者等を対象に,近年増加している固 定発生源からの低レベル低周波音に対する苦情への対処法をまとめたもので,「手引き」 ,「評価指針」,「評価指針解説」で構成されており,苦情内容の把握・測定,指針に基 づく評価などにより,低周波音問題を解決に導く道筋を示しています.また,従来の手法 では対応の難しかった低レベル低周波音の苦情に対処するための参照値が提案されていま す.次にこの「手引書」の適用範囲と主な内容を紹介します.

適用範囲

 「手引書」は,固定発生源(工場及び事業場,店舗,近隣の住居などに設置された施設 等)からある時間連続的に発生する低周波音について苦情が発生した場合に適用され, 交通機関などの移動音源や発破・爆発などの衝撃的な音源には適用できません.

主な内容

1   低周波音問題対応のための「手引き」

.1  低周波音苦情対策の進め方
1.2  申し立て内容の把握:聞き取り調査のチェックリスト,注意事項などが記載さ れています.
1.3  現場の確認:測定現場での状況把握や発生源確認のためのチェック項目,注意 事項などが記載されています.
1.4  測定:測定計画の立案や測定の実施に際するチェックリスト,注意事項などが 記載されています.
1.5  評価方法:物的苦情と心身に係る苦情の評価方法,発生源との対応関係のチェ ック項目,注意事項などが記載されています.
1.6  対策の検討:対策の実施における行政担当者の注意事項などが記載されていま す.
1.7  効果の確認:対策終了後に行う効果の確認測定における注意事項などが記載さ れています.

2. 低周波音問題対応のための「評価指針」

2.1 適用範囲

 この評価指針の適用範囲は,工場,事業場,店舗,近隣の住居などに設置された施設等 の固定発生源からの低周波音により,物的苦情及び心身に係る苦情が発生している場合 とされています.

2.2  参照値

 低周波音の苦情には,建具のガタツキに関するものと,室内における不快感に関するも のがあり,評価はそれぞれに対応して実施されます.1/3オクターブバンドで測定された 音圧レベルを表1及び表2の参照値と比較し,測定値がいずれかの周波数で参照値以上 であれば,その周波数成分が苦情原因である可能性が高いと判定されます.

2.2.1 物的苦情に関する参照値

2.2.2 心身に係る苦情に関する参照値

2.3  測定

 測定方法,測定場所,測定量,測定周波数範囲,測定結果の算出方法について記載され ています.

 

2.4  評価方法

 

2.4.1 物的苦情に関する場合

 

(1)発生源のON・OFFテストにより,苦情との対応関係がある場合

 

①測定結果の1/3オクターブバンド音圧レベルを表1と比較し,参照値以上の測定値があ れば低周波音が原因である可能性があると判断されます.
②すべての測定値が参照値未満の場合には,地盤振動などについても調査を行い総合的 に検討する必要があります.

 

(2)発生源が不明の場合

 

①参照値を超えている周波数があれば,その周波数を発生している施設の存在を調査します.

 

2.4.2 心身に係る苦情の場合

 

(1)発生源のON・OFFテストにより,苦情との対応関係がある場合

 

①測定結果のG特性音圧レベルが92dB以上であれば,超低周波音の可能性があると判断さ れます.
②測定結果の1/3オクターブバンド音圧レベルを表2と比較し,参照値以上の測定値があ れば低周波音が原因である可能性があると判断されます.
③上記のどちらにも当てはまらなければ,低周波音問題の可能性は低くなりますので,1 00Hz以上の騒音や地盤振動などについても調査を行い総合的に検討する必要があります.

 

(2)発生源のON・OFFテストにより,苦情との対応関係がない場合

 

①苦情者自身の問題(耳鳴など)の可能性も考えられます.耳鳴については,本人にとっ てもその存在があるかどうかわかりにくいため,苦情の内容を医学的・総合的に判断する ことが必要であり,最終的には専門家の判断が必要であるとされています.

 

2.5  留意事項

 

 これらの参照値は,規制基準,要請限度とは異なり,低周波音によると思われる苦情に 対処するためのものであり,対策目標値,環境アセスメントの環境保全目標値,作業環 境のガイドラインなどとして策定したものではないこと,などが記載されています.

 

2.6  その他

 

 この評価指針は, 低周波音によると思われる苦情対応を適切かつ円滑に実施するた めに別途作成した技術的な,低周波問題対応のための「評価指針の解説」も含めて構成 されています.

 

3.  評価指針の解説

 

 2の「評価指針」の各項目について解説されていますが,ここでは省略します.

 

以上,「手引書」の内容の一部を引用して紹介しました.


「心身に係る苦情に関する参照値」の補足

 最近インターネット上でこの「参照値」に関する誤解に基づく過激な批判が一部で見られます。しかし正しく理解して活用すれば、低周波音が原因で悩 んでおられる多くの方々にとって、大変役立つ数値です。不快感の原因となる周波数成分が分かって始めて有効な発生源対策が可能ですが、この参照値を使えば 問題となる周波数成分を見つけ出し、被害の程度が判断できますし、解決のための方策を考えるために有効です。手引書には書かれていませんが,文献から参照 値の背景について補足します.

  1. この参照値は標準的な一般成 人の「寝室における低周波音の許容値」の10パーセンタイル値であると同時に、苦情を訴える人(苦情者)の「低周波音の気になるレベル」の10パーセンタ イル値に相当します。10パーセンタイル値というのは、例えば100人の許容値があるとすれば、許容値が一番低い方から数えて10番目の人の許容値という ことです。またこの許容値は、一般に最も低いレベルが要求される「就寝時に長時間続いたとして許容できる最大音圧レベル」として測定されています.
  2. し たがって,一般家庭の夜間の寝室のように他の騒音が比較的静かな環境を想定した場合でも、低周波音の1/3オクターブバンドレベル測定値のすべてが各周波 数でこの参照値以下であれば、その低周波音は90%以上の人にとって苦情の原因にはならないことを示します。しかし一方で、測定値のどれか一つが参照値レ ベルに達していれば、10%の人にとっては苦情の原因になりうることを示しています.
  3. ただ、この参照値は外部の音を遮断した実験室で得られた結果ですから、実際の生活環境では背景騒音によって低周波音が分かりにくくなり、参照値レベルで苦情が発生する可能性はさらに小さくなるはずです.
  4. そ こで、この参照値を苦情現場の測定値に適用して苦情現場での有効性が評価されましたが、その結果,発生源のON/OFF検査(稼働状況検査)で低周波音と 苦情との対応関係が確認されたケースと確認されなかったケースとが精度良く識別されたことが報告されています.したがって,この「参照値」は多くの苦情現 場でも有効に機能すると思われます.
  5. しかし参照値を超えたからと いってそれ自体が身体に有害なわけではありません.耐えられないと感じることが長引くことで心身の不調が現れる可能性がありますが,自分で許容範囲だと思 うのであれば何の問題もありません.また,職場のように他の騒音のレベルが高いところでは,参照値レベルのように低いレベルの低周波音は通常気がつかない ので,殆ど問題にならないでしょう.
  6. 「参照値」は上述のように寝室 の許容値の10パーセンタイル値に相当し、90%の人がこのレベルを許容できるわけですから、低周波音に比較的敏感な人の場合に苦情原因になるかどうかを 判断する目安になりますが、低周波音が参照値を超えたからといって必ず苦情が出るわけではありません.
  7. 逆 に、現場の測定結果がすべての周波数で「参照値」より低い場合でも、低周波音に特別に敏感な人(許容値が低い人)にとっては苦情原因になる可能性がありま す。手引書ではこのことにもふれて注意を促しています。しかしこの場合には低周波音以外の原因(一般騒音や耳鳴りなど)の可能性が高くなりますから、個別 に詳しい原因調査を行うことが必要であると「手引書」はしています。人間には個人差があることを認めた対処を示しています.